このブログでは、主に性同一性障害に関連する私自身の思いや活動の内容を書いています。
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影裏


今年の芥川賞受賞作、沼田真祐さんの「影裏」を読みました。
芥川賞受賞作をすぐに読むなんて、ミーハーな感じがしていつもはしないのですが、今年の受賞作には性同一性障害の当事者が出ていると谷合規子さんから薦められ、単行本までいただきました。まぁまぁおもしろい作品でした。

正確には性同一性障害という言葉は一度も出てきません。その人は主人公の元恋人にあたるのですが、性別適合手術を受けるつもりとあるので、まぁ当事者で間違いないでしょう。

ただ、作品の性格上いろいろなことが説明されていないので、詳しいことはわかりません。
冷泉彰彦さんによればこれはこれは「全てを説明しない」という省略の技法なのだそうです。確かに性同一性障害の部分だけで無く、いろいろな内容が全てを説明されず、断片として切り出されて提示されていきます。あとは、読者の想像で補完してくださいということなのでしょう。

ネタバレになるので詳しくは書きませんが、そもそも、この主人公の元恋人というのが、MTFなのかFTMなのかすらよくわかりません。名前は明らかに男性名、しかし声は完全に女性声。一人称は「わたし」、2年もつきあって結婚まで考えていたとあります。

2年前は「女性」だったとすればFTMということも考えられます。でも現在も声が変わっていないならその後ホルモン療法などの身体的治療を何もしていないことになります。とすれば改名だけしたとは考えにくいのので、やはりパス度の高いMTFと考えるのが妥当でしょうか。

それにしても、SRSもまだ受けていなくても家族にも紹介できるような状態で、しかもイベント会社に勤務してプレゼンをバリバリこなすキャリアウーマン。どれだけパス度が高いんでしょうか。そこには、性同一性障害にまつわる苦労話などは全く垣間見れません。

とはいえ、主人公は男性同性愛的指向を有していると思われるような表現や行動が描かれています。そういう意味でMTFの恋人がいたということは、そうした指向があるということを補強するような意味合いがあるのかもしれません。
それであれば性同一性障害は出汁として消費されたようなもので、なんだかなぁですね。

実際、作者が性同一性障害のことをどこまで理解していて、どういう意図があったのか本当のところはわかりません。ちゃんとわかっていればこんな風には描けないんじゃないかとも思わないでもありません。
ただまぁ、性同一障害であるということは、単にその人のパーソナリティの一部であってたいした問題ではないというように描かれているようにも思えます。

それだけ社会において認知されてきたというか、今までのように「大変なんです。苦労しているんです。」の時代では無くなってきているのでしょうか。
もし、本当にそうであれば、私たちが「普通にくらせる社会」は近づいてきているのかもしれません。それならそれでうれしいことではあるのですが。

この作品、性同一性障害のことだけでなく、他の部分も日常が断片として淡々と提示されているだけと言えばだけです。
そのため、鮎釣りで途中で帰ってきてしまった件や、最後の黄色い合格通知の話などよくわからない部分もありました。

しかし、私たちは生きている上で、いろいろなことは断片でしか提示されておらずあとは補完するか無関心でいるかしかありません。
そうしたことを考えれば、「全てを説明しない」技法は日常そのもの提示なんだとも思えてきます。

といようなことをいろいろ考えさせられました。もしよければみなさんも読んでみてもらえればと思います。
| ran-yamamoto | 性同一性障害 | 03:16 | - | - |
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