このブログでは、主に性同一性障害に関連する私自身の思いや活動の内容を書いています。
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性同一性障害はトランスジェンダーではない
ツイッターで「トランスジェンダーの広義の中に性同一性障害って含まれてるのではないんですか??」というリプをいただいていました。

確かにそのように主張している人もいます。が、私は「違う」と思っています。
そこで、ツイートだと文字数が少なすぎて意図が伝わりにくいんじゃないかと思うのと、割と重要な問題なので後々も読めるようにブログに残すことにしました。

理由はいくつかあって、性同一性障害は医学的疾患名だけれどトランスジェンダーは当事者が作り出した言葉で定義が曖昧というのもあるのですが、このあたりは最近やまだ悦子さんによっていろいろ反証されているので、もう一つ重要な要素について書くことにします。

それは、トランスジェンダーが「人格を表す」あるいは「分類する」言葉だと私は思うからです。

例えば「私はトランスジェンダーです。」と言う場合と「私は性同一性障害です。」という場合を考えてみましょう。
これ、一見同じように見えますね。でも、
「私はトランスジェンダー」は、私はトランスジェンダーという人です。という人格や分類を意味し、
「私は性同一性障害」は、私は性同一性障害という疾患にかかっています」ということを意味しています。
このあたり、実は英語で書くとよりわかりやすいと思うのですが
「私はトランスジェンダー」は、I am a transgender.
「私は性同一性障害は」I have GID.
なんですよね。もっと言えば I am a woman, but I have GID. というとろでしょうか。

幻の ガイドライン第2版副読本 には、「性同一性障害を有する者」について、次のような文章があります。
よくある誤解に、疾患の分類と人間の分類を混同することである。疾患の分類は、あくまでもある人が有する、疾患についてであって、その人を分類するものではない。具体的にいえば、性同一性障害を有するからといって、その人が「性同一性障害者」という人間に分類されるのではない。もし安直に、ひとびとを有する疾患によって分類するとすれば、それぞれの人格を否定することにつながりかねない。個々の人格を忘れさせ、「あの人は性同一性障害者」「あの人はアルコール依存者」などと単なる人々のレッテル張りとなり、さらには差別を助長することにもつながるであろう。まず個々の人格があることを忘れてはならない。その人には職業人としての要素、家庭人としての要素、地域の人としての要素、ある年代の人としての要素などさまざまな部分があるのである。そのようなさまざまな要素が一つになりその人の人格が構成されているのである。そしてそのような人格を持つ一人の人間が、ある疾患を抱えているのである。すなわち、「性同一性障害者」という人がいるのではなく、「ある人が性同一性障害を抱えている」のである。

ここに書いてあるように、性同一性障害者という人がいるわけではなく、ある人がいて、たまたま性同一性障害という疾患にかかっているだけなんです。
同様に、トランスジェンダーという人がいるわけではありません(それをアイデンティティとしている人は除き)。

性同一性障害を持つ人に対しトランスジェンダーという呼ぶということは、「あなたは(本物の)女(あるいは男)じゃない。」と言っているのと同義なんですよ。
これがいかにレッテル貼りとなるのか、その人に対して非常に失礼なことをしているのか、わかっていただけるでしょうか。

私はあくまでも女性であって、他の何の性でもありません。
これが、私がトランスジェンダーという用語を用いない、性同一性障害とは異なると主張している理由のひとつです。
| ran-yamamoto | 性同一性障害 | 20:26 | - | - |
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